世の中で起こる おかし~なと思ったことを書いてみます。
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五柱神社  村社  浮羽郡竹野・中尾
旧鎮座地  浮羽郡竹野村大字中尾字市蔵屋敷

祭神 菅原道真、須佐廼男神、天照大神、崇徳天皇
由緒 祭神菅原道真は字一蔵屋敷、及字宮ノ前に村社天神神社として、字西上裏村社に能野神社境内天神神社として、祭神須佐廼男神は字は字西上裏に村社能野神社として祭神天照大神は字上仏生田に無格社伊勢神社として、祭神崇徳天皇は字極楽寺山に無格社琴平神社として、祭神仁徳天皇は字一蔵屋敷に村社天満神社境内若宮神社として、祭祀ありしを明治四十四年九月二十二日当所へ移転合併の上社号を村社五柱神社と公称許可、同一祭神は合併と同時合霊す。
明治六年三月十四日村社に列せらる。

特殊祭事  放生夜祭  九月十五日
例祭 四月十五日
主なる建造物  神殿、廊殿、拝殿、神饌所
主なる寶物  神鏡一面、神像五体、神祠三台、棟札二枚、神鉾一本
境内坪数 460坪  官有地
氏子区域及戸数  120戸
境内神社  二社
    末社 琴平神社(崇徳天皇)
       宮地嶽神臣(神功皇后)
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天満神社  村社  浮羽郡竹野村
旧鎮座地  浮羽郡竹野村大字中尾字内畠

祭神 菅原神、大物主神、罔象女神 (ミヅハノメノカミ)
由緒 不詳、明治六年三月十四日村社に定めらる。
祭神大物主神は字西畠に村社大三輪神社として祭神罔象女神は浮地に村社徳満神社として、菅原神は字宮の森村社老松神社、及字今瀬村社天満神社、字西畠村天満神社として祭ありしを明治四十四年十月二十四日合併許可、同一祭神は合併と同時合霊せり。

特殊祭事  五穀成就祈願祭  失月二十日
例祭日 11月05日
主なる建造物  神殿、渡殿、拝殿、社務所
主なる寶物  神鏡一面、神像三体、神祠一台、棟札二枚
境内坪数 552坪  官有社地
氏子区域及戸数  130戸
境内神社  二社
  摂社  加藤神社(加藤清正公)
  末社  今瀬神社(菅原道真)
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加茂神社  郷社  浮羽郡山春
旧鎮座地  浮羽郡山春村大字山北字宮ノ下

祭神 神武天皇、玉依姫命、加茂別雷神
由緒 社殿曰三毛入野命の後胤山北四郎永高なる者当郷を領し正平元年山州愛宕郡加茂下上大神を此に勧請し神領十三町寄附其後兵乱にて廃す、明治六年三月十四日郷社に定めらる。
 社説に曰く、正平元年征西将軍宮懐良親王、畏くも後醍醐天皇の御遺物に依り、大友兵部大輔氏行、郡主山北四郎大蔵永高、大宮司熊懐平右馬大夫行景等に命じて、山城国愛宕郡賀茂下上大神を遷祀せしめ給ひし所にて氏行、永高、行景等宮所の風景を眺るに新河川と小鹽川と落合えーへるは京の葛川と鴨川にひとしく又荘の名を山北といふは京の山北に似たりと山北山の麓彼り清滝の辺に宮所を清め神殿、はいでん、玉垣、鳥居、楼門廻廊摂社末社に至る迄工果てて、山城より遷し奉る、将軍宮には京の規式に依って祭儀を行はしめられ、正平十六年には竹林院三位中将を奉幣使として神寶幣帛を奉られ、永高も神領十三町を寄附し、四隣りの崇敬甚厚かりき。後豊後大友家の信仰暑く、大宮司は代々侍大将格を以て遇せられ、大友親繁は当社の霊験を頂きし報賽の為、境内に五條の御札を立て神領を奉り、文明三年には其子親武が社殿を再興し天文三年には田北駿河守親貞神剣一振を献ず。天正七年兵攀に罹りて衰微せしが、大蔵永秀日田親永等は度々参籠祈願せり、有馬氏入国後は代々崇敬厚く、年々初穂料を献じ、藩主内姫君等の参拝も度々なりき。

特殊祭事 四月十一日の例祭は古来京都葵祭の亀しき規式に依って行われ神幸あり。十二月十一日の氏子祭は往時は生薬竹野上座下座夜須五郡の社家集りて奉仕したるものにて、今日も祭り主以下一七日の潔齋して奉仕し古式奉幣神事あり。三月社日には粥開き鴨替行事、七月十一日には夏祈祷茅輪神事あり。臨時祈雨祈晴の祭事も古格に依り行われ、五十年毎には古来年紀大祭行はる。
 尚けいだいには箱式古墳、石器、有紋土器等散布して千古の霊域を物語り、近時考古学者の注視する所となれり。

例祭日  神幸式、4月10日、氏子奉幣古式祭  12月26日
神饌幣帛料供進指定  明治40年8月26日
主なる建造物  本殿、幣殿、拝殿、社務所、神門、神庫、文庫
主なる寶物 懐良親王恩寄進蓬莱双雀鏡外神鏡十二面、神刀九腰、棟札六枚、大友能直、親繁、親武の証文、大蔵永高証文、阿野大納言神号額外旧記、古文書、鎧神画、発掘者等

境内坪数 2273坪
氏子区域及戸数 直接氏子山春村大字山北370戸、郷社区域氏子、姫路、御幸、大石、山春四ヶ村村二九八十四戸

境内神社
  天満神社 (菅原道真)
  五穀神社 (保食神、稲次正誠))
  琴平社  (崇徳天皇)
  猿田彦神社(猿田彦命)
  秋葉社  (軻具突神命)
  稲葉社  (保食神)
  春日社  (天児屋根命)
摂社
  日吉神社 (大山祇神) 
  三次神社 ()景行天皇、菅原道真
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水神社  郷社  浮羽郡千年村
旧鎮座地  浮羽郡千年村大字桜井字戸井掛

祭神 美津波能売命、栗林次兵衛、本松平右衛門、山下助左衞門、猪山作之丞
由緒 寛文初年大石長野之二水道を築き其溝渠敷派を?き浮羽、三井、朝倉三郡内二千余町歩の灌漑に便を得因て該関係人民の?金を以て明治10年3月創立明治元年神社改正の際34年6月15日明細帳編入許可ありたり。浮羽三井郡地方は近く筑後川を控ふれど土地高き為其の水を引くことを得ず、沃土を有しながら良田に渇したりしが、寛文四年頃五庄屋之慨き死を決して藩府に出願したり、然るに藩府にてはあまりの大なる設計なりしかば成否を杞憂して容易に許さざりしを以て、五庄屋は数回出願し至誠を尽くして懇願したれば、遂に藩吏も感動して許可することとなりなりたり。而して若し成功せざる時は磔の極刑に処すべしとて五人の磔具を作りて長野工事場に立てたり、ここに於いて衆気力百倍工事に着手して遂に彼の大難工事を成し遂げたるなり。水利は遠く浮羽三井に及び荒地の変じて良田となりたるも千四百余町歩現今二千三百余町歩に及べり、斯くの如くにして数万の郡民は永遠に五庄屋の恩沢被るに至れり、此の功徳畏くも天朝に達し明治四十四年十一月十五日明治天皇の久留米大本営に行幸し給いし折各々従五位を贈らる。是を以て被恩の郡民歓喜の余年来の素志を達するは此時なりと出願して大正元年十月二十九日公許を得て五庄屋を合祀せり。明治三十五年二月二十四日境内予定地として2千五百七十七坪を買収し境内を拡張し、同四十年八月十五日社殿改築斧始式を挙行し同四十一年五月二十三日落成兼遷宮式を執行せり。
 大正三年三月三十日郷社に昇格、同年四月二百五十年祭を執行し時の福岡県知事南弘氏も参拝親しく玉串を捧げたり、祭神の御事蹟は現に国定教科書等尋常六年の終身に共同といふ題目の下に採用せらる。

特殊祭事 五月二日 (八十八夜)通水奉告祭
     九月二十四日 (秋季皇霊祭) 落水奉告祭
例祭日 四月八日 
神饌幣帛料供進指定  大正3年5月7日
主なる建造物  本殿、拝殿、社務所
境内坪数 九反二畝六歩
氏子区域及戸数 浮羽郡内、千年村、大石村、江南村、吉井町、船越村、水分村、田主丸町、川会村、柴刈村、の九ヶ町村約五千戸
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石垣神社  郷社  浮羽郡水縄村
旧鎮座地  浮羽郡水縄村大字石垣字東屋敷

祭神 竹内大臣、応神天皇、住吉神
由緒 創立和銅元年、藩政の頃は毎年春秋に祭る。明治六年三月十四日郷社に定めらる。

例祭日 十月十九日
神饌幣帛料供進指定  明治40年01月19日
主なる建造物  本殿、幣殿、拝殿、神楽殿、神門、廻廊、社務所
境内坪数 1595坪  
氏子区域及戸数 氏子区域、大字石垣160戸、崇敬者区域水縄むら、竹野村、
川会村、柴刈村、田主丸町、水分村、船越村、4100戸 
境内神社 御祖神社 (高皇産靈神)
     秋葉神社(味耜高産根命)
     御魂神社(天照大御神)
     日吉神社(大山咋命)
     天満神社(菅原道真)
     厳島神社(市杵島姫神)
     天満天社(菅原道真)
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まとめ
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