世の中で起こる おかし~なと思ったことを書いてみます。
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なぜ 大阪城をいまごろ、建て直すのか
日本が、元気が無くなってから、もう20年経つでしょうか? 無くなった部分を中国や東南アジアが引き受けて元気にやっています。

自信をなくした日本人に自信を取り戻してもらうために、何か考えようと試みました。そして、日本には、何があるかを探ろうとしました。
 有ったものは、神、漆、鉄、絹、水銀 だけでした。

これは、古代からあったものです。
と私が思っているだけです。歴史の学者は、鉄も絹も中国から来たと考えておられます。漆もです。水銀は判らないらしく、あまり手を付けておられません。

ここに書きました「神」が、日本を支えてきたものではないかと、いろいろ考えましたが、この「神」は、皆目、正体をつかむことはできません。それよりも、日本の民衆に影響を与えたものは、仏教であることは確かです。 この方は、全く解らないのですが、昨年一年間、薬師寺の長老の講義を一年間お聞きしました。 唯識論です。出席しましたが、チンプンカンであることが判りました。 私は頭が良くありませんので、理解出来なのだろうと思っていますが、来年、もう一年、講義を聞いてみようと思っています。
 こんな難しいものが、中国から日本に伝わったのですが、中国でも、朝鮮でも定着しなかった仏教が、一番世界の東端で、花開いたと思っています。
 それは、なぜかと言いますと、紀元前から日本にやってきた天皇家の祖先が、そんな仏教の教義をどうこうの言う前に、生活で取り入れていたのだと思うようになりました。

彼らは、どこに住んでいたかと言いますと、現在でも、山の名前を「セン」と呼んでいるところで生活をしていたと思っています。
 どのような山があるか知っておられますか? 一番有名なものは、大山です。
全部調べていませんが、「センと読む山・サンと読む山」http://homepage2.nifty.com/mino-sigaku/page255.html
に掲載しています。

ぜひ見てください。開らかれましたら、山の分布図がありますから、ご覧ください。
鳥取県・岡山県・島根県に集中していることが判ります。この人たちが、日本へやってきたのは、推理だけですが、紀元前180年ころです。そして、邪馬台国の名で歴史上で騒がれている国があったのず、238年ころのことです。それから、古墳時代が終わった7世紀が、日本に元号が出来た時です。645年です。

 聖武天皇のときに。仏教は華開いたことになっていますが、そのときは、日本の民衆は、仏教を元にして心だけは、豊かな生活を送っていたと私は、想像しています。
 一方、この時より以前から,「神」の存在はあったらしく、現在、それを追い求めています。早くしませんと、私の命がありませんので、10ぐらいのことを同時、進行で調べています。
 伊勢神宮のことは、調べたことを「楽しい人生」
http://rakuraku.cocolog-nifty.com/tanosimu/ に書いています。H2007.09.28のNo66からずっとです。違うものも混じっています。

ここ10年間、考えてきたことから、日本は、「神」を中心にして、資源もないのに、平和を保ってきたのですが、明治になって、外国からの文明が入ってきて、その文化についていけなかったのだと思っています。それでも、日本は、ロシアにも勝ったことになっています。本当はかっていなかったのですが・・・。この後、世界からいじめをうけたのでしょうか?

私の歴史は、古代史だけです。現代は、知識はゼロです。
先日、京都府の亀岡市で、石棚古墳の研究展示をしておられましたので行ってきました。このことは、また書きますが、私の興味ある「絹」の資料を探すことにしました。ここは、丹波になります。丹波には、桑田郡がありました。桑を作っていたからあったはずですのに、近世の桑の資料がありません。盛んであったはずの亀岡市にないのですから、全国でもあまり残っていないのではないかと思いますが、来年から調べようと考えています。 これとも戦争と関係があったのではと推理しています。

日本の将来を考えるときには、日本の正しい歴史をつかむ必要があります。
【新しい日本の歴史】に、すべて、放りこんできました。自分でも、訳がわからなくなっています。
 それを踏まえて、これからの日本を考えていく必要があります。

私はアメリカのやりかたでは、世界は行きつまるだろうと思っています。では、中国はと言いますと、同じことだと思っています。上手くいくどころか、トラブルメーカーとなるでしょう。

さて、はじめの行に戻ります。「日本が、元気が無くなってから、もう20年経つでしょうか?」しかし、あまり、困った様子はありません。新聞をご覧ください。食べきれないほどの料理満載の写真を掲載して、丹後に蟹を食べに来てください。 それに対して、こちらの方が高級だぞと、伊勢は海老の写真で対抗です。
 お正月に向けて、海外でと。
殺された人は、おられても飢え死にした人のニュースはありません。
日本の状態は、そう悪くないのに、今の政府のやり方がまずいことが判ります。

 世界を救うことのできるのは、日本の神と仏ではなかろうか。

はじめは、大阪府知事の話を書いていたのですが、日本の将来、いや世界の平和を口にしています。
ということは、私の頭がやられていることを示しているのかも知れません。

大ボラついでに、次回は、私の日本改造論を読んで頂こうと思っています。
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大坂城を秀吉が建てた規模で建て直す
タイトルの意味は、ご存じですか?

フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』から、データーを拝借します。
「1583年、戦国時代には石山本願寺とその寺内町であった地に、豊臣英代氏が築城を開始した。
完成に1年半を要した本丸は、石山本願寺跡の台地端を造成し、石垣を積んで築かれたもので、巧妙な防衛機能が施された。天守は絵画史料によると外観5層で、瓦などに金箔をふんだんに用いた華美なものであった。秀吉の死去までにさらに二の丸、三の丸、総構えが建設され、三重の堀と運河に囲まれた堅固な豊臣大坂城が完成する。大坂城が築城されていた途中、秀吉を訪問して大坂城を案内された大友宗麟は、城のあまりの見事さに感嘆し、大坂城を三国無双と称えた。---省略---」

「1603年に徳川幕府が成立した後も、秀頼は大坂城に留まり摂津を支配していたが、1614年の大坂冬の陣で家康の率いる大軍に攻められ、篭城戦を行った。そして、その講和に際して惣構・三の丸の破却が取り決められるが、さらに二の丸の外堀が埋め立てられてしまい、大坂城は内堀と本丸のみを残す裸城にされてしまう。秀頼は堀の再建を試みたために講和条件破棄とみなされ、冬の陣から4か月後(1615年)の大坂夏の陣で大坂城は落城焼失、豊臣氏は滅亡した。」

その後は、フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 の【大坂城】
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E5%9D%82%E5%9F%8E#.E8.B1.8A.E8.87.A3.E5.A4.A7.E5.9D.82.E5.9F.8E
を読んでください。

燃えて落城にした後に、翌1620年から征夷大将軍徳川秀忠によって大坂城の再建が始められ、3期にわたる工事を経て1629年に完成しています。大阪城は、堀だけが埋められたと思っていましたが、
徳川氏は、余程、豊臣家が憎かったのでしょう。豊臣氏の大坂城の石垣と堀を破却するだけでは、気が治まらなかったと見え、全体に数メートルの盛り土をした上により高く石垣を積んだので、豊臣大阪城の遺構は地中に埋もれていました。
 最近では、そのことは、誰でも知っています。 そのことは、下記のホームページで知ることができます。

「豊臣秀吉の大坂城」
http://tktaku.com/OSAKA_CASTLE/Toyotomi_Piriod/toyotomitop.htm
「豊臣秀吉の大坂城」
http://www.osakacastle.net/history/noshock/haran/hideyosi.htm
大坂城天守閣 (大阪観光コンベンション協会 天守閣事業チーム)
http://www.osakacastle.net/

それが、どうしたのだと言われると思いますが、一人の城好きの人がいます。私より年配ですが、身体の調子を悪くされて、停年より、2年早く退職されました。勿論、治療はされたのですが、命が短いのであれば、残り少ない人生を、自分が楽しんだ分を皆さんに、氏って貰おうと、手作りで資料を作って、日曜日には、城好きの方を連れて歩いておられます。幸い、病気は治ってしまったようです。
箕面市は、医療費が要らなくなりました。

本当は、この方の名前と、病気がどのようだったのかなどを書きたかったのですが、承諾を得ていくませんので、これだけにして置きます。
明後日の日曜日は、彼に連れられた歴史好きの人が、元気で歩いておられると思います。

大阪在住の人に、おたずねします。貴方の知人が大阪に来られた時に、どこへ案内されますか? 大阪城ですか? 貴方は、豊臣と徳川氏の攻防を5分ほどで、説明はできますか?

外国の人でしたら、どこへ連れていきますか? 説明できますか?

イチョウが舞う季節ですと、御堂筋も良いですね。 どうして、あのような広い道路が出来たか、ご存じですか? 知らなかったら、それでも良いです。喫茶店のイスに座って、眺めているだけでもいいのです。フランスの光景にありますよね。 しかし、フランス人でしたら、そこで、お酒を飲むだけですか? 私はお酒を飲むことができませんから、俳句を作ります。
 大阪の北・能勢から、南・岬町まで、歴史の遺跡でいっぱいです。詳しくなくていいのでしたら、私はどこでも知っています。
 説明もできます。大阪は巨大古墳で、いっぱいです。

このようなものトータルを私は文化と読んでいます。関東にも、九州にも、岡山にもありますが、関西ほど多い所はありません。
 
なぜ、大阪城を建て直すのかを、次回に書きます。
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「大阪城を建て直す」 その1
早速、私の夢を聞いてください。もし、私の夢が走りだせそうでしたら、4年後の知事選挙を待って、知事に当選するのを待たなくても、始めることができます。

私が大阪府知事選挙に立候補するときの公約は、2つです。
① 大坂城を秀吉が建てた規模で建て直す。
  1.その時の条件は、大阪府民の寄付によってのみ達成する。
  2.建設会社は、大林組と決定する
  3.建設会社がいろいろ工事に関連するものの、調達はすべて、近畿圏の会社から調達するに限る。
  4.建設を始めたら、10年で完成す。
② 大阪城の完成後、大阪府庁を難波宮の北側(農林会館のある所)に建設。難波宮は、国の遺跡かも知れないが、大阪府に無料移籍するこを国に要望。
   これに関する費用は、大阪府の財政の中で行う。

以上
 
私の公約ですから、この二つは、どのようなことがあっても府議会で通過するように、
知事になる時は、250万票を獲得するようにする。その前に、大阪府議会で、この案に反対する議員は、自民党員であれ、民主党議員であれ、府議会選挙の段階で、遠慮願うことになります。
 その前に、大阪府下の各市の市会議員の構成の自民党、民主党主体から改造しておくことします。

大阪府を立て直すためには、これまでの考え方では無理だろうと考えるからです。

それだけではなく、大阪だけでの活性化は困難と考えます。

 近畿圏を範囲として、広範囲に国の経営を行います。 5年遅れて、東は、三重・愛知までを含め、西は、岡山・鳥取・島根までを、一つの単位として国造りを目指します。
 ほかの地域は、その地域の皆さんにやって頂きます。

この形の国造りを完成させるには、現在の大阪府庁の構造では、身動きが取れませんので、まず、スタートは、3年で大阪府庁に新しい組織を作るための研究するチームをつくります。
 どの世界でも、このようなプロジェクトを組むときは、必ず、経験者をトップにしたり、外部から誰かを連れてきたりしますが、そのようなことはしません。すべて、現在の府の職員から選びます。
 具体的なことは、先になりますが、5部に分かれ、1部では、三人の素人を採用します。
たとえば、私は歴史が好きですので、直接指導する意味で、知事になる前から、三人に準備をして頂きます。    
 すこし、大ボラのところがありますが、始めますから、読んでください。 そして、4年後には、私の知事で、新しい大阪が始まります。
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私の夢
私の夢                          H19.12.20 5:07
 ひょんなことで、大阪府知事選のことを考えることになりました。大阪で生まれ、大阪で育ち、大阪で生活をさせて貰って、67年です。
 私には、夢がありました。それは、2005年9月1日に考えました。

大阪城に欠けている櫓(やぐら)を完成させることでした。そこで、ホームページに掲載しましたが、賛成して頂いたのは、4名だけでした。しかし、今では、もう少し、夢を膨らませて、現在の天守閣を全部壊して、木造の秀吉が建てた城に立て直すことが夢になっています。

 私は大阪の人が、元気になるには、何か全員が纏れるようなものと言いますか、全員の気持ちを集めることのできるものが必要と思っています。大阪城の夢は、私の頭の中にあるだけでしたが、ホームページに残っていますので、ご覧ください。
【歴史楽】http://homepage2.nifty.com/mino-sigaku/

見ていただきましたか? What’s New 、と書きながら、一番上に残っています。

大阪府知事選のことを考えているうちに、私が知事になったら、あれもしたい、これもしたいと思いながら、時間がなくて書くことができません。
今の大阪に必要なのは、「心と考える」ことだと思っています。そのため、「心」の部分に当たるところを書いています。カテゴリー・「大阪府知事選」に書いています。

大阪府知事選の告示は、1月10日です。 出来れば、知事になってと思いましたが、供託金の300万円がないために、可能性はなくなりました。

そこで、「私の夢」のカテゴリーを作って、4年後の知事選には、立候補と、別の夢を描いています。

知事になりましたら、素人の私には、なにもできませんが、大坂城の建て直しだけは、実現するつもりになっています。
 
ということで、次回から、「大阪城を建て直す」から出発です。 こちらも、読んでください。その前に、大阪城復元 
http://homepage2.nifty.com/mino-sigaku/page275.html も見てください。
© おかしな世の中. all rights reserved.
まとめ
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