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世の中で起こる おかし~なと思ったことを書いてみます。
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神社とは、どのようなもの
神社とは、聞かれますと専門家でも簡単に説明してくれと云われますと、できないと思います。
誰でも知っているものに、鳥居があります。あれは何だと聞かれますと、神社の人でも困られると思います。鳥居は、やはり入り口であり出口でしょう。そうであるとすれば、どのような形でもいいのですが、ほぼ形は決まっています。二本の柱があって、その上に屋根らしき形のものが乗っていまして、神社を訪れた人は、この二本の柱の間を通ることになっています。その横を通ったらいけないのかと云いますと、いけないことはありませんが、お正月などに参拝に行きますと、二本の柱の間の部分は人でいっぱいです。その横を通る人は、参拝したことにならないかのように、鳥居を潜ります。
 神さんとの約束ごとのようなものです。この鳥居から中は、神域です。ちゃんと玄関から入って、「神さん、はいらせてもらいますよ」と云わないですが、挨拶(心の中で)をして入ります。
神域に入った自分は、入り口に置かれている手水鉢のところで、身を清めます。「なに、手を洗うだけだろう」その通りですが、手に水を掛けるだけで、少しぐらい、悪いことをしてきた人でも、禊をしたことになるのです。
えらい便利なシステムです。鳥居を潜らないで、近道をして玉垣を乗り越えて入っても、手を洗わなくても良いのですが、それは参拝する人の心の問題ですから、すべて参拝者に任されています。
その後、拝殿の前に進みます。中央に鈴がかかっていますが、あれは何だと思われますか? 別に知らなくても良いのです。お正月は、あの鈴を鳴らしてからでないと参った気がされないのか、鳴らす人が多くて、なかなか参拝の順序が回ってきません。菅原道真を祀った神社では、この傾向はいっそう激しいのではないかと思います。
 さて、次はお賽銭を入れないと神さんは、願い事を聞いてくださらないのか、皆さん気になるところです。私は関係ないと思っています。何回、お辞儀をするのか、拍手を何回打つのか? すべて、参拝した人に任されています。

もう一度、鳥居のはなしに戻ります。鳥居は、神社の境界を表すのであれば、小さなものでもいいのに、大きな鳥居が見つかります。奈良の大神神社は大きいですね。あれは、どこの神社にも負けたくないから大きいのでしょうか? いつからあの大きいのが、建っているのでしょうか? どこにも負けたくないとは、誰に負けたくないのでしょうか?誰がそのように思ったのか? いつそのように思ったのか?  そうなると、この神社はいつの創建になるものか知らなければなりません。

このように突き詰めて行きますと、専門家でも返事のできないことばかりです。神社は、訳の判らない怪物のようなものです。日本人でもわけが判らない神社の一つである靖国神社に小泉首相が参拝したからと云って、中国人が日本を非難しています。
参拝して、どこがいけないのか、説明してもらえばいいと思います。中国人の質問に対して、返事が出来る人に返事をしてもらわなければなりません。
 きっと、そんな人はおられないでしょう。

だけど、神社は日本人の心の一部となっていることは、確かだと思います。
 
ここらで一服して、また、「神社とは、どのようなもの」を書いてみようと思います。
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まとめ
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