FC2ブログ
世の中で起こる おかし~なと思ったことを書いてみます。
page top
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
page top
亀谷神社
鎮座地 東伯郡栄村大字亀谷字家ノ前  地図


現在地 鳥取県東伯郡北栄町亀谷680番

祭神 木花佐久夜比売命、品陀和気命、大国主命、事代主命


僅か、これだけしか分かっていません。 亀谷神社のあたりの海抜を調べてみますと、4mのところが多いです。亀谷から少し、東に「島」という地名があります。 そのもの、ずばり、以前は島で、周りが海であったことがわかります。「瀬戸」は海岸であったこともわかります。「津原」は、湿地たいだったでしょう。
 もう少し、詳しいことを知りたいと思いまして、北栄町教育委員会の池田 武 様に、お願いしましたところ、次のような返事を頂戴しました。

亀谷周辺(亀谷神社周辺)の件ですが、まず地形
から。
 亀谷集落の東側、北栄町大島周辺は昔は入江だった
事が古図等よりわかっています。「大栄町誌」による
と、現地表下約16m付近までは粘土を主とした湖沼
堆積層が存在するようです。現在の地図を見てもわか
るのですが、大島(旧大栄町島)は文字通り島だった
ようです。大島の宮崎神社にはヤマトタケルが来航し
たとの伝説がのこっています。倉吉市津原付近では鯨
の骨が見つかったことがある、と聞いたことがありま
す。また、瀬戸(北栄町瀬戸)はおそらく、由良川の
水運を利用した港としての機能があったとみられ、こ
のことから港として「瀬戸」の地名がついたものと見
られます。
 現在のような地形となったのは江戸時代以降とみら
れ、それまで沼沢地が残っていた大島周辺を鳥取藩の
手によって干拓、農地化したと伝えられています。

 次に亀谷神社付近の遺跡分布ですが、この周辺の丘
陵上の平坦地全体にいえることですが、弥生~古墳時
代の集落がおおく確認されています。
 亀谷神社周辺では特に遺跡そのものは確認されてい
ないのですが、周辺の農地の土の中に土器の小細片が
見つかることがあり、遺跡が存在した可能性がありま
す。神社の南西側、県道によって分断されている丘陵
地では古墳が多く確認されており、「亀谷古墳群」と
して遺跡地図に登載されています。また、神社の北東、
丘陵の先端部では畑の耕作土中に土器片が多く混じっ
ており、遺物散布地として、同じく遺跡地図に登載さ
れています。

 小字名ですが、図面等を確認してみたのですが、
「神」「福」といった言葉を含む小字名は確認できま
せんでした。何か他の言葉に変わってしまっている可
能性があるかもしれませんが、記録等がないため、追
跡はできないと思います。

 いくつか資料を当たってみましたが、こんな感じで
した。

私のデーターより、温かさが感じられます。 ありがとうございました。

祭神 木花佐久夜比売命、品陀和気命、大国主命、事代主命
です。木花佐久夜比売命の名前が、木花佐久夜毘売命ですと、古事記に書かれている名前と一緒ですので、
木花佐久夜比売命は、亀谷あたりに住んでいたのではないかと推察しています。
スポンサーサイト
© おかしな世の中. all rights reserved.
まとめ
Page top
FC2 BLOG
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。