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鳥取県の古墳・銅剣・銅鐸分布図
鳥取県の古墳・銅剣・銅鐸分布図
上の図は、山川出版社 山中寿夫著『鳥取県の歴史』から無断拝借しました。この図を見て、皆さん、何を考えられますか?  黒丸は古墳です。銅鐸は見えにくいですが、伯耆国分寺とある下に八橋と読めます・その真ん中あたりに出土しています。これが、鳥取では一番西にあります。そして、天神川周辺に。千代川周辺です。大まかに言いますと、天神川より西が、伯耆国、東は因幡国です。銅鐸に限って言いますと、真ん中より東が多いことになります。
 今回は、それぐらいを頭に入れておいて、古墳に注目したいと思います。
日野川を挟んで東西に多くの古墳が分布しています。
 ここが、伯耆の国の汗入郡と会見郡になりのます。私が現在書いています〔天孫降臨〕は、八橋・上神大将軍塚とかいてある辺りです。この辺りに、紀元前100年ころに、ヒルゼン高原(高天原)に居たアマテラスが、孫のニニギ命を行かせます。大国主神に話合いで国譲りをさせたことになります。
 100年後は、神武天皇の時代になりますが、神武天皇は、伯耆の国の経営だけでは、追いつかなくなります。地図の一番左は、出雲になります。 ここからは、日本では最大の銅剣と銅鐸が発見されました。
荒神谷遺跡の銅剣358本、銅鐸6個、銅矛16本と加茂岩倉遺跡の銅鐸39個の発見です。
ここは、神武天皇にとっては、最大の敵ですが、出雲の人をかまってはおれませんでした。主力は、奈良と九州と岡山でした。地図の左上の弓状に突き出た半島の先が、境港(島根半島の日向浦)の所から神武東征に出発しました。
 この頃が、天皇家の最大の勢力範囲であったと思われます。

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