FC2ブログ
世の中で起こる おかし~なと思ったことを書いてみます。
page top
春日神社  和泉市
春日神社  和泉市春木町615番地 
  地図 


祭神 武甕槌命 経都主命 天児屋根命 比売大神 
由緒 神社から頂いた由緒沿革より
 往時当松尾荘(又は春木荘ともいう)藤原氏族本貫を有し武烈天皇の御宇には物部氏族が今の北松尾に本貫を有していた為に稱徳天皇神護慶雲二年(西暦七六八年)鹿島神宮常陸国より大和国に御遷座の途中、武甕槌命、天児屋根命が当地に立ち寄られ、暫く停留なされたのを機会に当荘内の藤原氏が社殿を設けて春日大明神を鎮座したのがはじめである。 尚、古来には役の小角の開基による宗福寺(神宮寺)があり、空海上人が一冬を安居なされた後は、冬堂と称するようになった。 当時より当地方最も神威顕著であったため後醍醐天皇より正一位四所明神の勅額を下賜され、松尾荘内の総氏神、産業隆昌の神としてのみならず、当地鎮護の神として早害疫災に際しては厄除疫病平癒を祈願し国守、住民の崇敬の中心神社として今日に至っている。 但し往時の宏壮な社殿神宮寺の伽藍、金堂、宝塔、古文書、宝物など多くは天正の兵火に罹り之を失ったが、寛文十一年、享保一七年、宝暦二年、文化八年、天保十五年、明治二十六年、昭和二十九年、平成十一年と度々立替、葺替を行った。 明治四十二年八月には神饌幣帛供進社に指定され、昭和四十五年四月には御遷座千二百年祭が斎行された。  また摂社に戎神社、末社に九頭神神社がある。

九頭神神社のことを知りたいですが、不明。 西方、岸和田市山直中神社があり、九頭大明神の名前が見える。詳細不明。


神社のホームページ
http://kasugajinja.web.fc2.com/

平成祭礼データ
 御由緒
 往時当松尾荘には(又は春木庄とも云う)藤原氏族本貫を有し武烈天皇の御宇には物部氏族今の北松尾に本貫を有せり為に称徳天皇神護慶雲二年鹿島明神常陸国より大和国に御遷座の途次当地に立寄られ暫く停留され給う、春日大神は固より藤原氏の祖先神なる上に斯く神人親密の機会を喜び当庄内の藤原氏こぞりて社殿を設けて創社し亦、和泉国内神名帳による「従五位物部布留社在春木村俗称布留堂風景幽絶」とある如く本貫を有せし物部氏族氏神として物部布留神社を創社し地主の神として古来松尾庄内の氏神なり。境内に神宮寺あり、役の小角の開基による宗福寺なり、後これを布留堂と称し大同年間弘法大師一冬安居されし後は冬堂と称す(泉州誌)斯く往時より当地方最も神威顕著なる神社として後醍醐天皇より正一位四所明神の勅額を下賜ありて神威益々光輝を放ち古来より松尾荘内の総氏神、産業隆昌の神としてのみならず当地鎮護の神として早害疫災に際しては厄除疫病平療を祈願し国守、住民の崇敬の中心神社として今日に至れり但し往時の宏壮なる社殿神宮寺の伽藍、金堂、宝塔、古文書、宝物など多く天正の兵火を羅り之を失うされど寛文十一年、享保十七年、宝暦二年、文化八年、天保十五年、明治二十六年、 昭和二十九年度々建替、葺替等修理し明治四十二年八月には神饌幣帛供進社に指定され、昭和四十五年四月には御鎮座千弐百年祭を執行す。
スポンサーサイト



© おかしな世の中. all rights reserved.
Page top
FC2 BLOG