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No5 幻の陵墓参考地
幻の陵墓参考地
「真の継体天皇陵」高槻・今城塚古墳

上の二行は読売新聞の大阪版(地域)の中の「大阪」の極限られた地方向けの記事記事のタイトルです。下半分が、広告ですから、一面の4分の1 を占めています。タイトルは重要ですから、活字の大きさを写真でご覧ください。
幻の陵墓参考地

写真の上に、「真の継体天皇陵」高槻・今城塚古墳と書いてあります。
全国の方には どうでも良い話ですが、私は日本の歴史を誤って理解する話の一つではないかと思っています。
 今朝、新聞を読んだ時に、このことを書こうと思いながら、この長い文章をコンピューターで入力しなければならないと思って、止めておこうかと思いました。
 ところが、WEBを見ましたら、掲載されていましたので、書く気になっています。

上に掲載しました図は、全体のイメージとして捉えてください。普通は、これを見た時には、大きいタイトルの幻の陵墓参考地 は、筆者がもっとも訴えたかったことのメインになる部分です。
 新聞のタイトルですから、これで、なにが書いてあるか解るような仕掛けになっていますが、なんのことか判りません。
 そこで、サブタイトルが物を言います。
<「真の継体天皇陵」高槻・今城塚古墳> と<進む公園化、歴史身近に> です。これで、少し、意味が判ります。
 もう少し、説明を加えますと、
幻の陵墓参考地と言われていました 高槻の今城塚古墳は、真の継体天皇陵であることが判りました。そこで、発掘調査が終わりましたので、それを記念にして、公園化されることになりました。これで、歴史が身近なものになります。

冒頭の文を転記しますと、
〔 〈真の継体天皇陵〉と呼ばれる高槻市の「今城塚古墳」(6世紀前半)。宮内庁は、茨木市の「太田茶臼山古墳」(5世紀中頃)を継体陵とするが、大正から昭和初期、今城塚を継体陵とみて陵墓参考地の指定も検討していたことが、研究者の調査で明らかになった。同庁の陵墓指定古墳は現在、原則立ち入りも許されていない。しかし、今城塚は市が2011年春の完成を目指して史跡公園整備を進めており、事実上、公園として一般開放される唯一の大王墓(天皇陵)となる。真の継体陵とされるに至る、経緯をひもといてみた。(関口和哉)〕となります。
筆者の関口和哉は、真面目に、調べて書いておられますから、後はWEBから読んでください。
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/osaka/news/20090629-OYT8T00010.htm?from=dmst3
極く地方の話題ですが、全国の方は、読む機会がないと思いますので、ここに掲載しました。
 どこに掲載しようかなと考えまして、現在、もっぱら、鳥取県の神社について、記録を残すために、使っています資料置場にしようと思いました。
 すると、古いことですが、カテゴリーの中に、歴史のこと (4) があり、継体天皇のことを書いていましたので、この続きにすることにしました。

ここには、報道の仕方に、いちゃもんをつけています。文句言うのが好きな私です。こんな奴がおるかぐらいの気持ちでお付き合いいただければと思います。
 
次回は、幻の陵墓参考地の中身についての私の疑問を述べてみます。
H21.06.29
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