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世の中で起こる おかし~なと思ったことを書いてみます。
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大穴牟遅神
古事記に次の文章があります。
 此神、娶刺國大上神之女、名刺國若比賣、生子、大國主神。亦名謂大穴牟遲神、牟遲二字以音。亦名謂葦原色許男神、色許二字以音。亦名謂八千矛神、亦名謂宇都志國玉神、宇都志三字以音。幷有五名。

最初の『此神』は、どの神のことか分り難いのですが、兄八島士奴美神と結婚したのが、刺國若比賣としますと、その子の大国主神は、須佐之男命の孫になります。

続けて、大国主神の別名として、
 大穴牟遲神、葦原色許男神、八千矛神、宇都志國玉神、合せて五名ありますと古事記は記します。
 どうして、こんなに沢山、同名を使用したのでしょう。
 
外に[大穴牟遅]が登場する所は、
①大国主神の兄弟である八十神と稲羽の八上比売を憧れて旅に出ます。皆は、「大穴牟遲神に袋を負わさせた」と記します。
②上記への途上、鰐に毛をむしり取られた兎を助ける場面があります。ここで二ヶ所、大穴牟遲神が登場します。
③八上比売は、八十神とは結婚しません。大穴牟遲神と結婚しますと、云います。そこで、
八十神は、大穴牟遲神を殺そうと気ます。 計二度搭乗します。

 其の後、須佐之男命に会いに行った時は、葦原色許男神を名乗っています。
 その後には、須佐之男命は、大国主神と須勢理毘売に逃げられた所では、兄弟を追い散らして、お前は、大国主神となり、宇都志國玉神となり、須勢理毘売を妻として、宇迦の山の山本に宮殿を建てて、「奴国」としなさい。
 と古事記は、記しています。

古事記を書いた太安万侶は、この僅かの物語の中で、大国主神と大穴牟遲神、葦原色許男神、宇都志國玉神を取り混ぜて書いたことになります。
 そのせいで、文章は、ごちゃごちゃになっています。どの様な意図があったのでしょうか。

このほかでは、少名毘古那命が、海の向こうから、天の羅摩船に乗ってやってきて、大国主神と国作りをするシーンがあります。
 ここでは、大国主神、葦原色許男神、大穴牟遲神が登場します。

以上の様に、大穴牟遅神は、古事記で登場しますが、多くの人が書いて居られる様に、
[おおなむじのかみ]と読むのか、[おほなむじのかみ]のかは、誰にも分らないことです。

亦、大穴牟遅神の別名として、大己貴大神おおなむちのおおかみ・大己貴神おおなむちのかみ・大己貴命おおなむちのみこと(日本書紀)。大汝神おおなむちのかみ(播磨国風土記)。大穴持命おおなもちのみこと(出雲国風土記)。等多数の別名とされるものがありますが、正確に別名と云えるのは、先に記しました大国主神、大穴牟遲神、葦原色許男神、八千矛神、宇都志國玉神だけです。

原文の二行目に、「牟遲二字以音]とあります。牟遲は、幹事の意味はなく、音だけですと書いてあります。ということは、「大穴」は意味がある事になります。

 大穴牟遅神と大己貴大神が同じ神だとしますと、大穴牟遅神と大己貴大神を祭神としている現在も残っている神社は、それぞれ、辻褄が合わなくなってきます。
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