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解っているようで解っていない祭神(2)祭神とは?
①ウィキペデイアに拠れば、祭神とは、次のように書いてあります。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A5%AD%E7%A5%9E

現在、多くの神社では、日本神話に登場する神を祭神としているか、日本神話の神と同神であるとしている。
元々神道は海・山・川などを畏敬の対象の神体とする自然崇拝から始まったものであり、初期の神社では、そこに祀られる神には特に名前はないか、不詳であった。記紀や万葉集などでも、祭神の名が記されているのは伊勢神宮、住吉神社などごくわずかであり、ほとんどの神社の祭神は、鎮座地名や神社名に「神」をつけただけの名前で呼ばれていた。延喜式神名帳でもほとんどの神社は社名しか記されていないことから、延喜式が編まれた10世紀初頭ごろまではほとんどの神社の祭神には特に名前がついていなかったことがわかる。

この後に、同じぐらいの長さの文章が書かれています。祭神の事を説明するには、この短い文章で、完全に説明するには、無理がありますが、上に紹介しました記事だけでも、私の理解する所では、間違いが一杯あります。

a---「現在、多くの神社では、日本神話に登場する神を祭神としている」
日本神話と言われるものは、古事記、日本書紀や他の地方に残る伝承を集めたものの事でしょう。そこに書かれている神の名前を多くの神社では、参考にして祭神としたという理論は、一部にはあるでしょうが、大半は、逆でしょう。

b---「元々神道は海・山・川などを畏敬の対象の神体とする自然崇拝から始まったものであり」
 隠岐に和気能須神社(ワケノスジンジャ)があります。この神社の解説書に次のように書いてあります。
「明治13年、戸数僅かに三戸なりしが鳥取県岩美郡網代村、田後村、岩戸村の三村より漁民の移り住むもの頗る多く、今や三百五十戸にいたり」とあり、祭神は、和気能須命のみです。これから判ることは、地名や村があったのではなくて、心の糧にしていた先祖、又は、神に相当するもがあり、それは、和気能須と呼ばれていたので、祠を造り、それを和気能須神社と名付けたと思われます。 
しかし、祭神は和気能須命のみです。ということは、出来た時の神社の氏子は、三戸でしたが、明治十三年には、三百五十戸になった筈です。では、現在は、何戸かは調べていませんが、現在は、四百戸としますと、氏子は四百戸かも知れませんし、五十戸の家の方は、他の神社の氏子になって居られるかも知れません。(村には、和気能須命以外の神を祭って居られる人も一緒に生活をしておられる)
 又は、かわって来られた網代村、田後村、岩戸村の皆さんも、和気能須命を信じておられたから、移り住まれたかも知れません。

 調べが可能であれば、祭神とは、どういうものであるか解明するために、村の皆さんのお家で祭って居られる神さんを知りたいですと、断る必要があると思います。
 (各ご家庭の秘密の部分ですから、御家族ごとに、調査の目的を説明して、承諾を得る必要があります)

c----「元々神道は海・山・川などを畏敬の対象の神体とする自然崇拝から始まったものであり」
 この部分は、根拠が無いと思います。

 平成29年5月25日~27日まで、隠岐の島後に行ってきました。空港を出発して、略、島を車で、一周してきました。 神社の前まで行きましたが、余りにも、階段が多そうな神は、避けて、30社にお参りしました。

隠岐の島町で 38 か所中 1 位の観光スポット の滝 に、壇鏡の滝があります。 地図では、「壇鏡滝」と表示され、その近くに神社のマークが表示されていました。多くの場合は、神社名があるのですが、この神社には、神社名がありませんでした。
 はじめは行くつもりをしていましたが、周り道は無理で、往復だけに30分は掛かりそうですので、中止しました。
 
壇鏡神社  http://www.genbu.net/data/oki/dangyou_title.htm
帰宅後、調べました。

御客神社 http://ameblo.jp/tomo-chupi/image-12217630069-13793264103.html
 写真の後ろのある一面の岩が神様です。
岩の前に、木が植えられていますが、 よく見て頂きますと、大きな円が見えます。 この大きさの木が生えていましたが、伐採されて、その後に新しく木が植えられています。

以上、私が訪れた31社のうち、2社のみが、自然を対象にしたご神体であったことになります。

外に、大山神社、岩倉神社などの社のない神社がありますが、

以上の事から、「元々神道は海・山・川などを畏敬の対象の神体とする自然崇拝から始まったものであり」と断定するには、無理がある様に思われます。
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まとめ
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