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JAL123便の墜落と横田基地
JAL123便が御巣鷹山に墜落したのが、1985年8月12日のことです。
18時25分頃に緊急救難信号「スコーク77(7700)」を発信されています。

墜落機の飛行状況は、在日アメリカ軍も把握していたことが、ACCの録音テープによれば、横田基地の管制官は迷走飛行中の123便に対して繰り返し呼びかけています。45分のことです。
全体の詳細は、
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E8%88%AA%E7%A9%BA123%E4%BE%BF%E5%A2%9C%E8%90%BD%E4%BA%8B%E6%95%85をはじめとして、どこにでも書かれています。

墜落場所は、明け方まで分っていなかったことになっていますが、アメリカ軍は早い段階で把握していたと思われ、墜落から約1時間後に近くを飛行していたアメリカ軍機C-130輸送機が墜落現場付近上空に到着、詳細な現場の位置を測定しています。
その後、アメリカ軍厚木基地から暗視カメラを搭載している海兵隊の救助ヘリコプターが現場に急行したと思われます。朝日新聞の次の朝刊に掲載された現場の写真が、その時の写真と思うのですが、違うでしょうか? ( 違うとしたら、誰が、何時どこで撮影したのか、朝日新聞は説明しなければなりません。もし、本当の現場の写真だとしますと、朝日新聞は、アメリカ軍から貰ったか、自社のヘリコプターで撮影したことになります)

墜落から2時間後の8時20分ころには、救助のためにヘリからアメリカ軍の隊員を降ろそうとしたとき、基地の当直将校からすぐ基地に帰還するよう命令された。このようなことが、どこかの新聞の報道にあったと思うのですが、なぜか、そのような事実はなかったことになったと記憶しています。いや、そうではなくて、アメリカ軍は日本政府に救助支援を打診、政府は断ったとの報道もあったように思います。
もし、この時刻に、アメリカ軍が墜落地点を確定しており、海兵隊員を降ろせるのであれば、その場所さえ知らなかった日本政府は、断る理由がありません。
もし、日本政府がその地点を知っていたのであれば、指揮系統を一本にする必要があったのかも知れません。
【この在日アメリカ軍による現場特定・ヘリによる救出の申し出は、事故当日にニュース速報として流されたが、翌日未明にはアメリカ軍の現場特定、救出活動の申し出はすべて誤報であったとして否定された】

この事実は、ほとんどの方は、ご存じないと思いますが、私は新聞各社が、政府から報道規制をされたと疑い、毎日、一年間、図書館に通い手書きで、新聞記事を写しました。
新聞は縮刷版が残っていますから、ご自分で確認してください。
 20年を経過していますから、図書館に申し出ますと、倉庫から出してもらえます。

どの新聞社も報道の仕方がおかしかったと思います。どのように、おかしかったのかと言いますと、この頃、日本国内でも、世界でも飛行機の墜落事故が多かったように思います。

昭和46年7月3日、午後6時10分頃、東亜国内航空の札幌丘珠空港発、函館空港行きの63便「ばんだい号」YS-11-227型双発プロペラ機が函館空港手前の約15キロ手前の横津岳に激突した。68名の乗客乗員がなくなられました。
 この事故の時は、各新聞社はどのように報道したか、他の事故も調べました。
どのように違ったか、比べますとだれにでも判ると思います。朝日新聞の書き方が、なぜか、不自然に思いました。毎日新聞は、朝日新聞にくらべて、事故原因を知ろうと努力しているのが見られました。他の新聞社も当時の新聞が残っていますから、読みますと、どうしてJAL123便が墜落したか、無い知恵を絞っている様子が判る思います。
 それでも、確たる証拠はありませんが、その後の一年間の報道がどのようになされたかを知ることができます。
 政府が報道規制をしたという証拠は見つけることはできませんでしたが、灰色であるとの感触を持ったまま、それ以上、追及することは止めました。

さて、横田基地の住所は判りませんが、JAL123便が相模湾上空で、尾翼がなくなり迷走をつづけ、御巣鷹山に激突するまでのコースの途中にあります。
 そのことは、日本の管制官も充分分っていたのに、どうして、横田基地への着陸を許可しないで、羽田空港の着陸を許可したのでしょうか? 操縦不能はわかっていたはずです。
 今度は、横田基地が着陸を拒否したのでしょうか?

 当初、JAL123便の製造元であるボーイング社は、まだ、原因の究明もされていないのに、会社は責任がないことを宣言しています。正確には、忘れましたが、まだ分からないうちに、会社の態度を変更しました。原因は、JAL123便が大阪で尻もちをついたときに受けたことが原因だと、自分の会社に不利になることを認めています。 

墜落の原因については、多くの人が書いておられます。誰でも、自分の都合のよいように書いていますから、書き手は、どこの誰であることも、押さえた上で読んで、分析してください。
http://liffey2.ld.infoseek.co.jp/JAL123/index8.htmlこのページは読んでいません。
キーワードに、「JAL123便  ボーイング」として、検索をしましたら、一番にヒットしています。発行者は、湘南エイトとあります。どこかの会社でしょうか? 墜落のときに、沢山の従業員がなくなられたのでしょうか?


この横田基地に、アメリカの事故原因調査団が、日本の検疫を受けないで、直接、横田基地着陸しました。この調査は、国益に関わるものであったことが判ります。どれぐらいの人数で、どのような人物がやってきたのか、秘密にしておく必要があったのでしょう。

このように考えますと、今回は離陸ですが、横田基地が重要な役割を果たしたことになります。日本よりアメリカの国益を優先させたと考えてもいいと思います。                    

独立国です。横田基地があることは仕方がないように思いますが、拉致問題を最大重要ごとと捉えている日本をだまし討ちにするような仕打ちには、抗議をすべきでしょう。アメリカは、北朝鮮や中国と違って、言えばわかる国です。言わなければ、日本は、それでいいのだと思っていることになります。

新聞社も情けないですね。 国益を守れと書くべきです。

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コメント

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| | 2007/06/30/Sat 10:18 [EDIT]
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| | 2007/07/01/Sun 20:03 [EDIT]
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| | 2007/07/04/Wed 21:05 [EDIT]
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| | 2007/07/08/Sun 10:59 [EDIT]
横田では
横田基地ではJAL123便の受け入れ準備をしていて、123便にもそれは伝えられていましたよ。
通りすがりの者 | URL | 2011/02/13/Sun 15:13 [EDIT]
心配になった
今回の福島原発事故で調べている内にたどりつきちょっとびっくりしてます。
私は横浜郊外の住人です。5年前高台のマンションに引っ越しました。最近皮膚に潰瘍ができそれが放射線のやけどにないているな?と思ってました。皮膚にぷっちんと普通にニキビようのができるのですが、治りません。そのうち薄く広がっていき、何カ月も同じ場所が薄くただれたようになってます。治るのに三カ月から半年化かかります。すぐかさぶたように被膜ができる(すごくはやいです)のですが中がぐしゃぐしゃになり、お風呂にはいったりすると白くなり取れてしまいます。を繰り返します。
形は丸く深いものと広く広がるものがありますが、ハスの実のようにプチプチ穴があき、そこから血が出たり、白いやわらかい組織が皮膚のかく栓のように詰まっていたりはおなじです。周囲と堺があり円周状に堺にそって血が出たりします。治った跡に色素沈着し、最近は凹みができたままのものもあります。一年以上そのままです。  爪の周りがなにかおかしく、ささくれがはれて指全体がはれたりします。中ぶよぶよしたいぼがみられます。今回ささくれの周囲が小さなやけど状にはれてしまい放射線やけどかと心配になり検索しました。形はフライパンなどの指先のやけどにそっくりですが、水泡はなく皮膚がもりあがってます。心配です。
とおりすがり | URL | 2011/03/18/Fri 04:49 [EDIT]
どちらも着陸拒否はしていません
>日本の管制官も充分分っていたのに、どうして、横田基地への着陸を許可しないで、羽田空港の着陸を許可したのでしょうか? 操縦不能はわかっていたはずです。今度は、横田基地が着陸を拒否したのでしょうか?

機長は異常音「ドーン」から7秒後にトランスポンダを7700(スコーク77)に設定し、46秒後に「アー、トーキョー、ジャパン エア 123 リクエスト フロム イミディアト エー トラブル リクエスト リターン バック ツゥ ハネダ ディセンド アンド メインテイン2200 オーバー」とACCに要求してます。訳すと「アー、東京管制部(ACC)、こちらJAL123便、緊急..トラブル発生、羽田に戻りたい、22000フィートまで降下する、どうぞ」
ACC(東京コントロール)は7700を受信してから6分39秒後に「現在位置は名古屋まで72マイル地点。名古屋に着陸できるか」と質問し、123便は「羽田に帰りたい」と返してます。
そして123便は進路を東に向けて飛行したのち、山梨県大月市付近で360度旋回しながら急降下し、その後、進路を北に変え不安定な飛行を続けた。この間、パイロットは数回にわたって「操縦不能」であることを管制に送信している。 異常発生の30分後には、羽田に加えて横田基地も受け入れ態勢が整っていることが123便に伝えられ同機は了承したが、それ以降、ACCや横田基地管制からの呼びかけに応答することはなかった。 同機は群馬・埼玉・長野の県境付近の山岳地帯へ向かって飛行を続け、18時56分すぎにレーダーから消失した。

つまり羽田も横田も緊急着陸の準備が整っていた事になります。そしてACCは羽田か横田にいつでも緊急着陸してもいいという許可を123便に伝え、同機は了承しています。どちらも着陸拒否はしていません。

おそらく41秒後のライトターンをする前に名古屋に着陸する決断が出来れば、名古屋に着陸出来たかもしれませんが...しかし同機は操縦不能でしたので、それも無理だったかも知れません。
Himajin | URL | 2011/07/31/Sun 16:17 [EDIT]
貴重な当時の情報ありがとうございます。真実は初報にありですね。
Masa | URL | 2014/08/22/Fri 12:06 [EDIT]

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