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水神社  郷社  浮羽郡千年村
旧鎮座地  浮羽郡千年村大字桜井字戸井掛

祭神 美津波能売命、栗林次兵衛、本松平右衛門、山下助左衞門、猪山作之丞
由緒 寛文初年大石長野之二水道を築き其溝渠敷派を?き浮羽、三井、朝倉三郡内二千余町歩の灌漑に便を得因て該関係人民の?金を以て明治10年3月創立明治元年神社改正の際34年6月15日明細帳編入許可ありたり。浮羽三井郡地方は近く筑後川を控ふれど土地高き為其の水を引くことを得ず、沃土を有しながら良田に渇したりしが、寛文四年頃五庄屋之慨き死を決して藩府に出願したり、然るに藩府にてはあまりの大なる設計なりしかば成否を杞憂して容易に許さざりしを以て、五庄屋は数回出願し至誠を尽くして懇願したれば、遂に藩吏も感動して許可することとなりなりたり。而して若し成功せざる時は磔の極刑に処すべしとて五人の磔具を作りて長野工事場に立てたり、ここに於いて衆気力百倍工事に着手して遂に彼の大難工事を成し遂げたるなり。水利は遠く浮羽三井に及び荒地の変じて良田となりたるも千四百余町歩現今二千三百余町歩に及べり、斯くの如くにして数万の郡民は永遠に五庄屋の恩沢被るに至れり、此の功徳畏くも天朝に達し明治四十四年十一月十五日明治天皇の久留米大本営に行幸し給いし折各々従五位を贈らる。是を以て被恩の郡民歓喜の余年来の素志を達するは此時なりと出願して大正元年十月二十九日公許を得て五庄屋を合祀せり。明治三十五年二月二十四日境内予定地として2千五百七十七坪を買収し境内を拡張し、同四十年八月十五日社殿改築斧始式を挙行し同四十一年五月二十三日落成兼遷宮式を執行せり。
 大正三年三月三十日郷社に昇格、同年四月二百五十年祭を執行し時の福岡県知事南弘氏も参拝親しく玉串を捧げたり、祭神の御事蹟は現に国定教科書等尋常六年の終身に共同といふ題目の下に採用せらる。

特殊祭事 五月二日 (八十八夜)通水奉告祭
     九月二十四日 (秋季皇霊祭) 落水奉告祭
例祭日 四月八日 
神饌幣帛料供進指定  大正3年5月7日
主なる建造物  本殿、拝殿、社務所
境内坪数 九反二畝六歩
氏子区域及戸数 浮羽郡内、千年村、大石村、江南村、吉井町、船越村、水分村、田主丸町、川会村、柴刈村、の九ヶ町村約五千戸
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