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加茂神社  郷社  浮羽郡山春
旧鎮座地  浮羽郡山春村大字山北字宮ノ下

祭神 神武天皇、玉依姫命、加茂別雷神
由緒 社殿曰三毛入野命の後胤山北四郎永高なる者当郷を領し正平元年山州愛宕郡加茂下上大神を此に勧請し神領十三町寄附其後兵乱にて廃す、明治六年三月十四日郷社に定めらる。
 社説に曰く、正平元年征西将軍宮懐良親王、畏くも後醍醐天皇の御遺物に依り、大友兵部大輔氏行、郡主山北四郎大蔵永高、大宮司熊懐平右馬大夫行景等に命じて、山城国愛宕郡賀茂下上大神を遷祀せしめ給ひし所にて氏行、永高、行景等宮所の風景を眺るに新河川と小鹽川と落合えーへるは京の葛川と鴨川にひとしく又荘の名を山北といふは京の山北に似たりと山北山の麓彼り清滝の辺に宮所を清め神殿、はいでん、玉垣、鳥居、楼門廻廊摂社末社に至る迄工果てて、山城より遷し奉る、将軍宮には京の規式に依って祭儀を行はしめられ、正平十六年には竹林院三位中将を奉幣使として神寶幣帛を奉られ、永高も神領十三町を寄附し、四隣りの崇敬甚厚かりき。後豊後大友家の信仰暑く、大宮司は代々侍大将格を以て遇せられ、大友親繁は当社の霊験を頂きし報賽の為、境内に五條の御札を立て神領を奉り、文明三年には其子親武が社殿を再興し天文三年には田北駿河守親貞神剣一振を献ず。天正七年兵攀に罹りて衰微せしが、大蔵永秀日田親永等は度々参籠祈願せり、有馬氏入国後は代々崇敬厚く、年々初穂料を献じ、藩主内姫君等の参拝も度々なりき。

特殊祭事 四月十一日の例祭は古来京都葵祭の亀しき規式に依って行われ神幸あり。十二月十一日の氏子祭は往時は生薬竹野上座下座夜須五郡の社家集りて奉仕したるものにて、今日も祭り主以下一七日の潔齋して奉仕し古式奉幣神事あり。三月社日には粥開き鴨替行事、七月十一日には夏祈祷茅輪神事あり。臨時祈雨祈晴の祭事も古格に依り行われ、五十年毎には古来年紀大祭行はる。
 尚けいだいには箱式古墳、石器、有紋土器等散布して千古の霊域を物語り、近時考古学者の注視する所となれり。

例祭日  神幸式、4月10日、氏子奉幣古式祭  12月26日
神饌幣帛料供進指定  明治40年8月26日
主なる建造物  本殿、幣殿、拝殿、社務所、神門、神庫、文庫
主なる寶物 懐良親王恩寄進蓬莱双雀鏡外神鏡十二面、神刀九腰、棟札六枚、大友能直、親繁、親武の証文、大蔵永高証文、阿野大納言神号額外旧記、古文書、鎧神画、発掘者等

境内坪数 2273坪
氏子区域及戸数 直接氏子山春村大字山北370戸、郷社区域氏子、姫路、御幸、大石、山春四ヶ村村二九八十四戸

境内神社
  天満神社 (菅原道真)
  五穀神社 (保食神、稲次正誠))
  琴平社  (崇徳天皇)
  猿田彦神社(猿田彦命)
  秋葉社  (軻具突神命)
  稲葉社  (保食神)
  春日社  (天児屋根命)
摂社
  日吉神社 (大山祇神) 
  三次神社 ()景行天皇、菅原道真
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