世の中で起こる おかし~なと思ったことを書いてみます。
page top
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
page top
戦おう 誰と----トランプ氏 その9
  終戦後、1ドルは360円でした。???  自分で調べていないので判りません。

1ドル360円であった固定相場制の時、
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1313928348
 ここには、つぎのように書いてあります。

昭和初期には1ドル=3~4円。戦争前はドル=4円26銭だったのだから、敗戦後のインフレ率は約100倍。

幾つかのブログを読みましたが、正確に書いてあるものは、見つけていません。

私の考えることですから、当てになりませんが、アメリカが決めたのだと思います。

終戦日 
1945年(昭和20年)8月15日:玉音放送により、日本の降伏が国民に公表された日

終戦後、正確に連合軍が日本を統治しはじめたのは、何時からかは、調べても見つかりません。
ウィキ゜ディアに依りますと、詳しい事は書いてありませんが、
つぎのような文章が有ります。

第二次世界大戦末期に連合国軍は戦後の日本占領方式について、日本政府を通じた間接統治案や、マッカーサーグループによる直接統治案、米軍のコストを減らすためにドイツと同様に主要連合国による日本本土の分割直接統治などが検討されていたが、間接統治の方針に決定した[2]。占領下において日本は主権の一部を制限された状態ではあったものの政府が存続し続けた。沖縄県や小笠原諸島はアメリカ施政権下に置かれた。・・・・

この時は、私は小学一年生でしたから、何一つ知りませんが、自宅が、大阪国際空港(伊丹空港)の近くにありましたから、外人の姿を見る機会は常にありました。従いまして、日本が占領されているという意識はありませんでした。

子供ですから、ただ、日本円を使うことのみでした。それから、15年程経った大学生の時は、1ドル 360円だったと思います。

私の大学は、少人数の大学でした。それでも、半分ぐらいの(300人)の学生が寮生活をしていました。
 殆どの人は、貧しくて、アルバイトをしませんと、寮の費用を支払うことが出来ませんので、出来るだけ、寮の運営費を抑えるようにしていました。 寮費の大半は、食費に消えてしまいました。

  当時のことは、なにもかも忘れてしまいましたが、 一日三食の食費は、60円で賄っていたと思います。
 この費用は、老人ホームや近くに在った自衛隊の食費よりも安かったと記憶します。
 この頃は、1ドル 360円だったと思います。

ドルの計算をすることは知らなかったですから、円高であろうか、円安であろうが、関係無い生活をしていました。

これはどういうことかと言いますと、アメリカの1ドルのものを買う時は、360円支払っていたことになります。

昨日のレートですと、 111.45ですから、50年程前でしたら、360円払わないと、その1ドルの品物は、手に入らなかったことになります。


アメリカは、1971年までは、ボロ儲けをしていたことになります。
これは、表現は悪いですが、日本の円は、紙屑のように価値が無かったのです。

アメリカが物を売り続ける限り、ホロ儲けの時代が、明治以来続いていたことになります。
アメリカが偉大な国だったことは、確かでしょうが、何を作っても、どんなに高くても、日本は、アメリカから物を買い続けたので、豊かな国で有り続けました。
しかし、日本は、コツコツとアメリカを先生にして、努力しましたら、アメリカの車よりも、優れたクルマをアメリカよりも安く作れるようになりました。

このような現象は、ドル高ですと、延々と続く事になります。
ドル高は、ドルの価値が高くなったので、喜ぶ事なのに、トランプ氏は、アメリカは、何処の国にも負けない国にするのだと宣言した途端に、ドル高に成り、中国や日本からのものを買う人が増えて、ドル高になりました。

これは、中国と日本が、ドルの相場を操作してドル高にしているのだと、攻撃を始めました。

トランプさんは心配するには及びません。 直ぐに、ドル安になると思います。



1971年にアメリカでドルと金の交換を停止したことで、固定相場制が崩壊しました
スポンサーサイト

コメント

管理人にのみ表示


トラックバック
TB*URL

© おかしな世の中. all rights reserved.
まとめ
Page top
FC2 BLOG
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。