世の中で起こる おかし〜なと思ったことを書いてみます。
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昭和9年時点のデーター
鎮座地 東伯郡中北条村大字国坂字宮ノ前 ( 現在・鳥取県東伯郡北栄町国坂1500 地図 祭神 少彦名神 由緒 創立年月不詳、仁明天皇承和四年二月従五位下を授けられ(続日本後記) 文徳天皇斉衡三年八月正五位下を加へらる(文徳実録) 清和天皇貞観九年四月正五位上に叙さる、延喜の制小社に列す、白河天皇承歴四年六月御卜に国阪神の祭を穢せる祟りあるを以て社司に中祓を科せらる(朝野群載) 古来四宮大明神と称し、部門武将の崇敬篤く、大永年間茶臼山の城主増田元蕃当社再興の擧あり、明治維新の際、国阪神社と改められる、郷社に列す、明治40年2月3日神饌幣帛料供進神社に指定せらる、当社の御祭神に就いて大日本史に土人の説として、大己貴命を祀ると云ひ日本地理志科も又大国主命を祀る乃ちその裔の奉祀する所と記す、元禄七年著の伯陽六社みちの記には是はいかなる御神ぞといふに書て給はる少彦名尊にておはしましぬとなん記せり。 当社前方に面積約二反歩の神池あり、一面に蓴菜河骨を生ず、往昔地方に疫病流行し或は難病人ある時当社に祈願し此の水草を煎用するときは神徳の霊験ありとて其の名遠近に高し、現今尚此の水草を刈取り毎年四月八日薬草祭典を行ひ参拝者に頒つ。 例祭日 10月15日 建造物 本殿、弊殿、拝殿、参籠所、随神門 境内坪数 1068坪 氏子戸数 153戸 参考リンク先 国坂神社 |
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